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証言339 | 9月4日 朝以降 | なんにもわたし残らないじゃないか | 当時35歳 |
そうこうしているうち9月の4日の朝が来て、
それで私は鏡に向かっていつものように、
こう頭を梳〈かすんですけれど、
試〈みに、本当にふっと試〈みに髪の毛をこう掴〈んでみたらば、
掴〈んだだけ、こう取れたんです。それで私は、はっとする。
もう一度こっちで掴〈んでみたら、また取れたんですね。
それで、その時にやっぱし来るべきものが来てしまった。
あごひげの真っ白いお医者様が、『最善は尽くすけれども
最悪のことを覚悟なさい』、と。いう風に言われたわけで、
さて、一週間か十日の命としたら、私はなにをしなきゃならないかしら。
そいで、娘を呼んでもらいました。ただ一言『しっかり生きて行きなさいよ』
ということだけしか、彼女には言いませんで、言うことがなかったわけで。
そして彼女と別れて。だけど気持ちがとっても動揺してましてね。
古代〈の名僧〈や高僧〈という人たちが従容〈として死についた。
ああいう人たちはなんて素晴らしいんだろう、
わたしはこのまんま逝〈ってしまうのかな、わたしなんにも、
なんにもわたし残らないじゃないか、っていう思いでね…。