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証言227 | 8月10日 未明 | 夜のしじまを破って、地虫が鳴いて | 当時37歳 |
しばらく行きますと神学校がございまして、
「ペシャン」とせんべいを叩〈き潰したように大地に
ひらみついておりました。
そのそばにはですね、8人も寄らねば抱〈えられないような
大木が倒れておりましたので、それを越えるわけにもいかないで、
透かし見ますと、人ひとり通れそうにもございます。
私は背中から子供を下ろして、胸に抱きながらそこの間を這〈って通りました。
そして、半ば通りかけたときに、
そばの方から『水、水…』という声が聞こえるのです。
私は「はっ」と思ってそっちを見ますと、黒いものが蠢〈いております。
また、反対の方でも『水、水…』『助けて、助けて』。
それはもう無意識に言っているような声が聞こえる。
この大木に叩〈き倒された人たちの悲鳴でございましたろうか。
私はどうすることもできないで、胸の子供をしっかり抱きながら、
その間をにじり出まして「ほっ」としたとき、ジーッジーッっと、他に音もない、
その、夜の静寂〈を破って、地虫〈が鳴いていたこと、
これはもう私の忘れることのできない音でございました。