それで駅前に来たところが、もうそれこそ、自分のこう、 その頃の中等学校、高校ですね。高校はこっちの浦上の方に あったのは、今の西高の前身の瓊浦 鎮西 そこに、子供をやっている子供の親が、自分の子供の安否を気遣って、 長崎へん、駅の向こうは行けんもんだから、そこに、 もう何千人という自分の子を探して来る親が、いっぱいおって 泣いたりわめいたりしょる訳 同じ年代ですから、もう自分の子の名前を言って 飛びつく訳 あそこに恐 その子供、自分の子、浦上 または、学徒 そういうふうな所へ学徒 自分の子供の安否を気遣って、とにかく、自分は火傷 血はダラダラ出たり、真っ裸、あっちもこっちもしとっとに、 自分の子の名前をピーピー、ピーピーおめいてですねぇ、 もうきちがいみたいになっとったですね。 駅前には死んだ人がうようよおって、それを踏んだり蹴 なんともなくして、群がったですもんね。 私達の年代の人が通りますと、ワーッと来っとですもん、 自分の子の名前を呼んでですね |